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高松地方裁判所 昭和40年(行ウ)12号 判決 1969年4月10日

原告 笠井義郎 外一名

被告 香川県知事

主文

原告らの訴はいずれもこれを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告ら

1  被告が、昭和三九年六月一六日、別紙第一目録記載の海面につき訴外土庄漁業協同組合に対してなした公有水面埋立免許および昭和四〇年八月二三日右訴外漁業協同組合に対してなした別紙第二目録記載の埋立地の利用方法変更承認の各処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の申立

主文同旨の判決。

2  本案の申立

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  被告は、別紙第一目録記載の海面(以下本件海面という。)につき、昭和三九年六月一六日、訴外土庄漁業協同組合(以下訴外漁協という。)に対して、埋立目的を物揚場敷および網干場敷用地造成とする公有水面埋立免許をした。

訴外漁協は、右公有水面埋立工事の一部が完成すると、その部分につき、昭和四〇年六月二一日、被告の一部竣功認可を受け、翌二二日、被告に対し、右一部竣功認可を受けた埋立地のうち別紙第二目録記載の埋立地(以下本件埋立地という。)の利用方法を宅地敷に変更したい旨の申請をしたところ、被告は、同年八月二三日、その承認をした。

2  しかしながら、本件公有水面埋立免許処分および本件埋立地の利用方法変更承認処分は、次の事由により違法である。

(一) 訴外漁協は、詐欺により埋立免許および埋立地の利用方法変更承認を受けたものである。すなわち、訴外株式会社小豆島観光ホテルは、瀬戸内海および四国の屋島等を望む景観に恵まれた本件海面を埋立てて、埋立地をホテル建設用地に利用することを企図したが、私企業である訴外会社名義で埋立免許を申請する場合、免許を受けることが困難であるばかりでなく、漁業権者や同業者の反対があることを慮り、訴外漁協に対し、九〇〇万円を提供することおよび埋立費用は訴外会社で負担することを条件に、訴外漁協名義で本件海面の埋立免許を受けるように依頼した。訴外漁協は、埋立地を訴外漁協の物揚場敷および網干場敷用地として利用する目的などなく、埋立地を訴外会社のホテル建設用地として利用させる意図であるのに、埋立地を訴外漁協の物揚場敷および網干場敷用地として利用するもののように被告を申し欺き、その旨被告を誤信せしめたうえ、前記のとおり、被告から本件海面の埋立免許を受け、そして、その埋立工事の一部が完成すると、被告の一部竣功認可を受け、直ちに本件埋立地の利用方法を宅地敷に変更したい旨の申請をして、その承認を受けたものである。したがつて、本件公有水面埋立免許および埋立地の利用方法変更承認は、訴外漁協の詐欺によるものであつて、違法である。

(二) 公有水面埋立法第三条に規定されているとおり、被告が埋立免許を行なうにあたつては、地元市町村議会の意見を徴することが要求されているところ、本件埋立免許に対してなされた香川県小豆郡土庄町議会の意見には、利害関係を有する多数の議員が議決に加わつており、かつ議決に関与した全議員が訴外漁協の埋立免許の申請が詐欺によるものであることを知悉しながら決議したものであるから、右土庄町議会の意見は違法であり、かかる違法な意見を徴して行なわれた被告の埋立免許もまた違法というべきである。

(三) 原告らは、本件海面に慣習上の排水権を有するものであるが、本件公有水面埋立免許については、公有水面埋立法第六条に規定されている損害防止施設の設置が講じられていないから、違法である。

(四) 本件埋立地の利用方法変更承認は、本件埋立の免許にあたつて付された埋立地の利用目的を訴外漁協の物揚場敷および網干場敷用地に制限する条件に違反するものであつて、違法である。

3  そこで、原告らは、被告に対し、右各違法処分の取消を求める。

原告らは、いずれも、観光地小豆島の中で瀬戸内海を望む景勝に最も恵まれた本件埋立地の近傍で旅館業を営み、また本件海面に慣習上の排水権を有しているものであるが、本件海面の埋立および本件埋立地の利用方法変更により、景観が失われ、旅館営業に支障をきたすことになり、また排水にも不便をきたしている。なお、右眺望の利益は、原告らが旅館営業の用に供している土地建物の所有権の内容に含まれるものであり、かりに、そうでないとしても、原告らの旅館営業の営業権の権利内容を構成するものである。したがつて、原告らは、右各処分の取消を求める法律上の利益があるものである。

二  被告

1  本案前の答弁

(一) 公有水面埋立免許処分の取消請求は、出訴期間を徒過しているから、不適法である。すなわち、行政処分の取消訴訟は、処分の日から一年を経過したときは提起できないものであるところ、右請求は、埋立免許処分がなされた昭和三九年六月一六日から一年を経過したのち提起されているから、出訴期間を徒過しており、却下を免れない。

(二) 埋立地の利用方法の変更承認は、取消訴訟の対象となる行政庁の処分にはあたらないから、その取消請求は、不適法である。

公有水面の埋立権者が、知事の竣功認可を受けた後、埋立地の利用方法を変更するのには、なんら知事の承認を得ることは必要ではない。もつとも、被告としては、埋立の公益性等の見地から竣功認可後埋立地の利用方法を変更する際被告の承認を得るよう行政指導をしているが、それは、あくまで事実上の便宜措置にすぎず、なんら法律上の効果を生ずるものではない。したがつて、右承認は、取消訴訟の対象となる行政庁の処分ではないから、その取消請求は、不適法であつて、却下さるべきである。

(三) 原告らが請求原因3において訴の利益があるとして主張する事実中、原告らがそれぞれ本件埋立地の近傍で旅館業を営むものであることを認めるが、その余の事実は争う。原告らは、以下に述べるとおり、本件公有水面埋立免許等の取消を求める法律上の利益がない。

(1) 原告らは、本件海面の埋立および埋立地の利用方法の変更により、眺望の利益を失い旅館営業に支障をきたすと主張するが、自然の風景は何人も自由に眺望し得るものであつて、この風景自体に対して眺望権のごときものを主張し得るものではない。風景の眺望を享受することは事実上の感情的利益にすぎないのであり、たとえこれに若干の経済的利益が結びついていたとしても、その利益は、なお事実上の利益にすぎず、法律上の利益とはいえない。

(2) また、原告らは、本件海面に慣習上の排水権を有するものでもない。原告らは、昭和三二年ごろ土庄町有地に無断で建物を建築するとともに、排水管を設置し、自家用水の余水を海面に排水しているものであつて、これは、海浜に居住するものが一般に何人の承認をも得ることなく、事実上自家用水の余水を海面に流しているにすぎず、自然水の海水への流入と同様に自然排水というべく、これを目して特別の利益ないしは権利が慣習法上認められているものとはいえない。

したがつて、原告らには、本件公有水面埋立免許等の取消を求める法律上の利益はなく、本件訴は、いずれも不適法である。

2  本案の答弁

(一) 請求原因1の事実を認める。

(二) 同2の事実につき、(一)の点は、争う。(二)の点は、被告が本件公有水面埋立免許を行なうにあたつて土庄町議会の意見を徴したことを認めるが、その余は争う。(三)の点は、争う。もつとも、訴外漁協は本件埋立地にヒユーム管を設置して、原告らの排水にはなんらの支障もきたさないようにしてある。(四)の点は、争う。本件埋立免許には、原告ら主張のような埋立地の利用目的を制限する条件は付されていない。

三  本案前の答弁に対する原告の反論

被告は、本件公有水面埋立免許処分の取消請求は出訴期間を徒過していると主張するが、本件埋立免許と埋立地の利用方法の変更承認とは相互に密接な関係を有し、これらの処分は一連一体の行政処分であるから、右埋立免許処分取消請求の出訴期間は、埋立地の利用方法変更承認処分がなされた日である昭和四〇年八月二三日を基準として起算すべきものであり、原告らが右処分を知つたのは同年九月二日であるから、同年一一月二七日に提起された右埋立免許処分取消請求は適法である。

第三証拠<省略>

理由

一、まず、本件各訴の適否につき判断する。

1  公有水面埋立免許処分の取消請求について。

行政処分の取消訴訟は処分の日から一年を経過したときは提起することができないことは、行政事件訴訟法第一四条第三項本文の明定するところであるところ、原告らにおいて取消を求める本件埋立免許処分は昭和三九年六月一六日になされたものであり、本件取消訴訟は、右処分の日から一年経過した後である昭和四〇年一一月二七日に提起されたものであることが本件記録に徴し明らかであるから、本訴中右埋立免許処分の取消請求に関する部分は出訴期間を徒過していること明らかであつて、却下を免れない。

もつとも、原告は、この点について、右埋立免許処分がなされた後、埋立地利用方法変更承認の処分がなされており、右埋立免許処分と埋立地利用方法変更承認の処分とは相互に密接な関係を有し、一連一体の行政処分であるから、埋立免許処分の取消請求の出訴期間は、右利用方法変更承認の処分がなされた昭和四〇年八月二三日を基準として起算すべきである旨主張するが、右利用方法変更の承認は、これを取消訴訟の対象となる行政処分とみるを得ないこと次段に判断するとおりであるから、原告の右主張は、その前提を欠き、既にこの点において理由がないから、到底採用することができない。

2  埋立地の利用方法変更承認の取消請求について。

行政事件訴訟法が行政庁の違法処分に対し取消を求める訴を規定しているのは、行政庁の処分が国民の権利義務に直接関係し、違法な処分が国民の法律上の利益を侵すことがあるからであり、したがつて、行政庁の行為であつても、性質上かような効力をもたない行為は、右行政事件訴訟法にいわゆる行政庁の処分にあたらないと解すべきである。

そこで、本件埋立地の利用方法変更承認行為につき、これを検討するに、成立に争いのない乙第一号証の一、二、第六、第七号証および弁論の全趣旨によれば、本件公有水面埋立免許については、その免許にあたり、埋立地の利用目的を制限する条件が付されていないことが認められるところ、このような場合、竣功認可後埋立地の利用方法を変更するについて埋立免許権者の承認を要する旨の法令上の根拠を見出すことができない。そうすると、埋立権者が竣功認可を受けた埋立地をどのように利用するかは埋立権者の自由であるというべく、埋立地の利用方法の変更について都道府県知事の承認を要するものではない。すなわち、本件埋立地の利用方法の変更承認行為は、具体的な法規の根拠にもとづかず、いわゆる行政指導としてなされたものであると解すべく、なんら法律上の効果を生ずるものではない。

右のとおり、本件埋立地の利用方法の変更承認行為は、取消訴訟の対象となりうる行政処分とはいえないから、その取消請求は、不適法であつて、却下を免れない。

二、以上に判断したとおりであるから、原告らの訴は、その余の点について判断を進めるまでもなく、いずれも不適法として却下し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上明雄 渡辺貢 政清光博)

(別紙目録省略)

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